朝鮮の美に魅せられ世界に伝えた 浅川伯教・巧兄弟

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 このホームページは、山梨県北杜市(ほくとし)に生まれ、日本の植民地統治下の朝鮮半島に渡り、朝鮮工芸の美を日本に紹介し朝鮮を愛した浅川伯教 (のりたか・たくみ)兄弟について紹介します。 
 次の4つのテーマ(浅川伯教・巧小説「白磁の人」映画化浅川兄弟資料館日韓交流)に分けて解説します。

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1.浅川伯教・巧兄弟

兄弟ポートレート 1918頃   浅川伯教(のりたか)・巧(たくみ)兄弟は、明治時代半ばに今の北杜市高根町に生まれました。日本の植民地統治下の朝鮮半島に渡り朝鮮工芸の美に魅せられ研究した人です。兄の浅川伯教は、朝鮮陶磁史の研究にその生涯を捧げ、弟の巧は朝鮮の山と工芸、そして朝鮮の人々を愛しました。
 兄の伯教は、朝鮮の美術に魅了され、1913(大正2)年朝鮮に渡り、700箇所にも及ぶ朝鮮王朝陶磁の窯跡を調査し研究しました。陶磁器の時代的変遷を明らかにした研究成果は、朝鮮陶磁史の基本文献としてまとめられ今日に至っています。
 弟の浅川巧は、1914(大正3)年、兄の伯教を慕って朝鮮半島に渡り、林業技師として荒廃した山々の緑化に奔走するかたわら、兄とともに「朝鮮白磁」をはじめとした朝鮮陶磁の研究に心酔し、名著『朝鮮陶磁名考』を書き残しました。巧はまた、木工芸品の中に民衆芸術の美を見出し、優れた文化として日本に紹介しました。 巧は、日本の植民地支配の時代にあって、現地の人々に同じ人間として接し、朝鮮語を話し、その地の風俗や文化を愛し、まわりの人々に敬愛され、1931(昭和6)年に40歳の若さで朝鮮の土となりました。今も、ソウル市忘憂里(マンウリ)にある墓は、彼を慕う韓国の人々によって守られ続けています。
浅川伯教・巧兄弟について詳細はこちら(別ページ)
浅川兄弟の年譜(別ページ)

2.小説「白磁の人」映画製作について

 戦前の困難な時代に、浅川巧が果たした業績は大きく、このことを広く知ってもらうことは、日韓両国に横たわる歴史認識の差異を理解し、政治的障壁を乗り越え、親しき隣人として未来が語られていく一助と考えられます。
 ”小説「白磁の人」映画製作委員会”(以下”製作委員会”と略す)は、浅川巧の人物像や業績をモチーフに描かれた小説『白磁の人』(山梨県出身作家 江宮隆之氏)の映画化を目指して5年近くの歳月をかけて準備を重ね、ついにその製作発表の段階にこぎつけました。製作委員会では”日本と韓国が誇れる映画”を目指し、全国で上映運動を展開していきます。
 ≫原作『白磁の人』について・映画製作の経緯についてはこちら(別ページ)

小説「白磁の人」映画製作委員会では、協賛金・寄付金を募集しています!  

■協 賛 金
(1)  小・中・高校生/1,000円 (映画前売券を1枚お渡しします)
(2) 一般/1,500円   (映画前売券を1枚お渡しします)      
   ※前売券には協賛金が含まれます。

■寄 付 金 
(1) 5,000円 (何口でも受け付けます)
(2) 3万円以上
  ※ご協力いただいた方全員に、シンボルバッチを差し上げます。 
  ※3万円以上ご寄付いただいた方は、氏名を映画エンドロールに掲載させて頂きます。

■振込先
  郵便振替口座: 00230-0-44894
  口座名義: 「白磁の人」映画製作委員会

■連絡先  
  小説「白磁の人」映画製作委員会
    〒408-0002 山梨県北杜市高根町村山北割3315
    浅川伯教・巧兄弟資料館内
      TEL 0551-42-1447
      FAX 0551-47-4784
    メールアドレス: asakawa-muse@city.hokuto.yamanashi.jp 

3.浅川伯教・巧兄弟資料館

 朝鮮工芸の美を日本に紹介した浅川兄弟の人と業績を紹介し、日韓友好親善の情報発信基地であることを目的として2001(平成13)年に、兄弟の故郷である北杜市高根町に設立されました。資料館には兄弟の足跡がわかる年譜やビデオ解説、ジオラマ、朝鮮青磁・白磁のほか、朝鮮陶磁研究家であり多彩な芸術家であった伯教が残した書や絵画の数々、巧が朝鮮の人々へのさまざまな想いを綴った日記など、貴重な資料が展示されています。
浅川伯教・巧兄弟資料館の利用案内はこちら(別ページ)

4.韓国京畿道抱川市と北杜市の友好親善

大韓民国白地図w300 大韓民国京畿道抱川市(キョンギドウ・ポチョン市)と北杜市の交流の始まりは、1995(平成7)年にさかのぼります。浅川兄弟の生誕地である高根町五町田(”ごちょうだ”)地区の代表が浅川巧の墓参ために韓国を訪問した際に、当時の高根町長が「親書」を託して、浅川巧の偉業を保存し継承するための協力を韓国林業研究院の院長である趙在明先生に依頼しました。これを機会に韓国洪林会(退職者の会)に、「浅川巧先生記念事業委員会」が創設されました。一方、高根町では、浅川兄弟の功績を後世に語り継ぎ、日韓の友好親善の輪を広げるために「浅川伯教・巧兄弟を偲ぶ会」が設立されました。

 日韓の心をつなぐ懸け橋となった浅川兄弟の思いが花開いたかのように、交流の輪は次第に広がり、浅川巧が訪れていた林業試験場の出張所があった京畿道抱川郡(現在「抱川市」)が交流先の候補にあがりました。1998(平成10)年には高根町長が初めて抱川郡を訪問、翌1999年には高根町議会議員が抱川郡を訪問し、また同年には抱川郡の訪問団が高根町を訪れました。  
 そして、2001(平成13)年に、「浅川巧先生七十周忌日韓合同追慕祭」がソウルで行われた際、高根町長が抱川郡を表敬訪問し正式に姉妹縁組の申し入れがされ、平成15年(2003)3月21日には姉妹結縁盟約書の調印式が挙行され、両町郡の本格的な交流がスタートし、その後北杜市に引き継がれました。 現在では、中学生のホームステイ事業や文化交流事業が活発に行われ、友好の輪がますます広がっています。
 ≫韓国抱川市と北杜市の国際交流のページはこちら(別ページ)

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