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北杜市の文化財紹介(11)~(15)

  1. (11)山梨県指定天然記念物 神田(しんでん)の大糸ザクラ
  2. (12)山梨県指定史跡 深草館(ふかくさやかた)跡
  3. (13)山梨県指定有形文化財(考古資料) 深山田遺跡青銅製鋺
  4. (14)山梨県指定天然記念物 日影のトチノキ
  5. (15)国指定重要文化財 旧平田家住宅

(11)山梨県指定天然記念物 神田(しんでん)の大糸ザクラ

所在地:小淵沢町松向2767
指定年月日:昭和34年2月9日
掲載:広報ほくと2006 4月号 No.18 p.20

しんでんの大糸ザクラ1

山高神代ザクラが国内でも最大規模ですが、シダレザクラだけを見るとこの神田の大糸ザクラ(新規ウィンドウで開く)が山梨県内では最も大きなもので、樹齢は300~400年ほどと推定されています。
この桜は例年4月中下旬に満開となり、残雪の山々を背景に咲き誇る花の様子は大変美しく、遅い春の訪れをまさしく謳歌しているようです。また、水上勉の『わが草木記』光風社書店版では巻頭の口絵にも使われています。当時一般にはあまり知られておらず、ただ山梨県小淵沢付近とのみ紹介され、枯色の野の中に誇らしげに咲いているのが印象的でした。
この桜は近年樹勢の衰えが心配されていますが、新北杜市のシンボルの一つとして大切に保護していきたいものです。


(以下は『広報ほくと2008 4月号』(p.22)号に掲載された「神田の大糸ザクラの樹勢回復事業が始まります」の内容です。)

しんでんの大糸ザクラ2

残雪の山々を背景に咲き誇る姿が美しく、北杜24景に選定された「神田の大糸ザクラ」ですが、近年、急速に樹勢が衰え、枯れ枝も多くなってきていることにお気付きの方も多いことと思います。合併前の旧小淵沢町時代から樹勢回復にむけて努力されてきましたが、なかなか成果が上がらず、現在に至っています。
北杜市としましては大糸ザクラの樹勢回復を目指し、その保護措置を講じることとしました。今年度は花の時期が終わってから葉の展開に合わせて防風ネットを設置し、葉が強風のためにむしられるのを防ぐと共に、大糸ザクラの現状について調査し、今後の樹勢回復措置を検討するため樹勢回復検討委員会を組織します。委員会は樹木の専門家、地域の代表の方および行政関係者で構成する予定です。
神田の大糸ザクラは自然豊かな北杜市を代表するシンボルの一つです。大切に保護し、末永く残したいものです。


(12)山梨県指定史跡 深草館(ふかくさやかた)跡

所在地 長坂町大八田2416他
指定年月日 平成11年2月4日
掲載:広報ほくと2006 5月号 No.19 p.16

ふかくさやかた跡

深草館跡は、長坂町大八田の南新居集落の北側にある中世の館跡です。北、東、南の三方を掘り切って台地から切り放し、西側は西衣川を堀として利用していて、堀の内側には高さ1~2メートルの土塁が巡っています。大きさは東西約50メートル・南北約130メートルで、現在は南北二つの郭ですが、かつては南郭をさらに分ける土塁がありました。
この館跡は谷戸城に対する居館とも逸見清光の嫡男光長の居館とも伝えられています。『甲斐国志』には、戦国末期の人物である堀内下総守の居館でしたがその子主税助のとき疲弊したとあります。館の外郭部にあたる北東側台地では発掘調査が行われ、15世紀から17世紀にかけての遺構・遺物が発見されました。
深草館跡は遺構の保存状態が良く、中世の館の姿を今日に伝えています。また、周辺には国史跡谷戸城跡や大量の古銭が出土した小和田遺跡といった中世の遺跡が数多くあり、中世史研究の上でも重要な史跡です。

(13)山梨県指定有形文化財(考古資料) 深山田遺跡青銅製鋺

指定年月日:平成18年4月27日
掲載:広報ほくと2006 6月号 No.20 p.17

みやまだいせき青銅製鋺

深山田遺跡(みやまだいせき)は平成10年に県営圃場整備事業に伴い発掘調査された遺跡で、掘立柱(ほったてばしら)建物跡、中世の墓坑、備蓄銭埋納(びちくせんまいのう)土坑、火葬施設、竪穴遺構、焼骨散布地などが発見されました。
このような内容から寺そのものとは言えないものの、寺に伴う宗教施設であったことが想定されています。
指定された青銅製鋺(せいどうせいわん)は大小7口ずつ、合計14口が重なって出土したものです。形の特徴から13~14世紀に製作された密教の法具(ほうぐ)と考えられ、密教の法具がこのような形でまとまって出土するのは極めて珍しいことです。
蛍光X線による分析で主成分は銅で、それ以外に鉛と錫が含まれた青銅製品であることがわかりました。保存処理された鋺には金色の光沢もありますが残念ながら金は検出されていません。
また、底部外面に「十」字形に線が刻まれており、中世の密教のあり方を知る上で貴重な資料となっています。指定された資料は北杜市埋蔵文化財センターに保管されています。
みなさんもぜひお立ち寄りください。


(14)山梨県指定天然記念物 日影のトチノキ

指定年月日:昭和54年2月8日
掲載:広報ほくと2006 8月号 No.22 p.18

日影のトチノキ1

県道韮崎・増富線を増富温泉方面に進み、塩川ダムを過ぎて日影集落の入口を左に入り、山際に向かうとこの巨大な樹があります(看板がありますのでお見逃しなく)。塩川の上流、本谷川の左岸にあたります。
このトチノキは地上1mほどでの幹周りが8.4m、樹高30m、枝張り東西40m、南北30mを測るとても巨大な樹です。このトチノキは日影集落と日向集落の境にあり、両集落の御神木として山の神を祀った祠が根元近くに置いてあります。かつてはこの山の神様のお祭りにはヤナギとアサで作った弓が供えられ、山での生活の多かったこの地域住民の安全を祈ったということです。


日影のトチノキ2

トチノキの芽吹きは遅く、5月上旬の芽吹き時にはこの木がまわりの木から浮き上がって見えますし、初夏にはまわりの木よりも濃い緑が覆います。
秋にはたくさんの実をつけ、森の小動物を養います。そして年間をとおして変わらないのは本谷川の清流の音です。
また、近くの富士浅間神社には未指定ですが幹囲6.4mのスギの巨木もあります。あわせてご覧ください。夏休み中のおすすめスポットです。森林浴がお薦めです。ハイキングがてら一度訪れてみませんか。


(15)国指定重要文化財 旧平田家住宅

指定年月日:平成元年(1989)9月2日
掲載:広報ほくと2006 9月号 No.23 p.18

旧平田家住宅

旧平田家住宅は、元は北杜市小淵沢町の松向地区にありましたが、平成元年9月2日に国の重要文化財に指定され、平成3年~4年にかけて復原工事を行い、郷土資料館の東の高台に移築されています。
平田家は、武田信玄の家臣山田但馬守の末裔といわれ、江戸時代には、松向村の名主を務めた旧家で当主は代々平田長左右衛門と名乗りました。


旧平田家住宅の地炉とカマド

家の規模は、間口20m、奥行き11m、屋根は小さいは破風をもつ入母屋式(いりもやしき)、茅葺きです。住宅が建てられた時、伝承では松向村で初めての石場建ての農家と評判になり、近在から見に来たといいます。
平面は、土間が広く造られ全体のほぼ6割を占めて、太い柱が一間ごとに2列見られます。土間の北側に馬屋があり、馬屋の中の柱は馬のひづめを痛めないようにと掘立柱となっています。馬はつねに三頭飼われていたようです。
土間の西隅に地炉とカマドがあり、ムシロを引いて生活をした土座の痕跡が残されています。旧平田家住宅の建築年代については江戸中期前半と考えられます。


現在住宅の中には、昭和初期まで使用された農具が置かれ、土間のいろりでは、茅に害虫がつくのを防ぐために火がたえまなく燃えています。皆さんもレトロ・いやし・ロマンを求めて、一度訪れてください。

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